自分の作品は見る人の記憶の中にある場所や光、そんなものへのトンネルを
作品の中に開通出来ないかというのがかなり大きいと思う。
しかし、こんなのとかあったよなー、小学校の時に校庭に犬が入ってきたら
盛り上がったよなとかそんなあるあるネタで構成すると結局
自分にとっても誰にっても外側の風景になってしまう。
作品を見ているといつの間にか周りにその世界が
広がっているように錯覚してしまうような、
これは自分の記憶と思ってしまうような、
そして絵の世界が心に広がるような、
そんな感情の扉を開く事に憧れつつ
タッチを重ねキャンバスへ落とし込む作業。
本当の感情は結局自分の中から取り出すしかない。
一人でいると自分の内側と外側の境界線が明確になるから
自分の中に入っていく感覚がわかりやすい。
という事で六畳の部屋で自分ダイビングの日々です。
この部屋からどこへでも行けると強く信じて、力強く丁寧に道づくり。
以上最近はスーパーカップに粒の細かい岩塩をかけて食べることに
ハマっている大畑でした。